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―――記念すべき第1回目は日精研の関係者と、平木先生の関係者が集まって開催されたこと、そして会場は現在の九段下ではなく、市ヶ谷にオフィスがあった頃だったんですね。
あの、少し話は変わりますが、この第一回目を開催するにあたって、日本人向けに改訂したと「アサーション・トレーニング(日精研発行)」に書いてあったんですが、どのように改訂をされたんでしょうか。
平木:多分、私自身半分くらいは意識してやっていて、あとの半分は無意識でやってたと思うんですけど、大きな改訂はしてないんですよ。
というのも、アサーションの基本的な考え方は文化的なものが入ってるわけじゃなくて、アサーティブ、ノンアサーティブ、アグレッシブっていう3つの自己表現のタイプも基本的に中立的で理論的な考え方なので、違いは文化的なものだけです。
―――たしかに3つの自己表現のタイプは中立な考え方のように感じますね。
平木:ただ、文化的な違いがあることの体験は書き足したかったのです。
1979年から80年にかけてアメリカでアサーション・トレーニングをいくつか見たんですが、サンフランシスコ州立大学のアジア系学生のためのアサーション・トレーニングっていうのに参加した時に非常に印象深い体験をしたんです。その時、私は特別研究員という立場で大学にいたので、図書館などの施設も自由に使えたし、しかも教師の許可を得ればどのクラスも出てよかったんです。だからその授業の広告を見たときに、『えーこんなものがあるんだ』って思って先生に頼んだのです。週に何回かのペースの授業で計3ヶ月の期間だったんですが、参考になったんですよ。
―――どんなことがあったんですか。
平木:アジア系の二世はみんな英語はペラペラなんですが、親がフィリピン人や、韓国人、中国人の移民なんです。それでその子どもたちは、「白人とは付き合いづらい」という話をしてるわけですよ。お父さん、お母さんからは「目上を敬え、ちゃんと挨拶しろ、相手を大切にしろ」と教わってきたけど、それをやっていると「自分達ははじかれていく」と言うわけ。
―――日本でも「目上を敬え、相手を立てろ」ということは当たり前に根付いているように思いますが、それをやると損をするっていうことでしょうか。
平木:そうです。彼らはみんな「相手を立てる言動をやっていると、自分のことを言い損なう」って言っていました。だから「はじかれていかないようにするために、ちゃんとアサーティブにならなくちゃいけないんだ」というのです。『この人達のアサーションって一体何だろう?』と思いました。その時までは、アサーションに関して[きちんと自分の言いたいことを言う]という感じに受け止めていたんですが、文化によってアサーションに大きな差が出るということがはっきりわかったんです。
―――なるほど。欧米とアジア圏の文化の違いはアサーションに強く影響しているんですね
平木:だからとっても面白かったのは、感動しちゃったんだけど、その中に「相手を大切にしてほしいというアサーションを私はしてるんだ」って人がいるわけ。例えば立食形式のパーティがあるとするでしょ。今日はお客さんが大体何人くらいで、ご馳走はこのくらいあるって決まってるわけだから、私が取る分はこのくらいかなって思って料理を取ります。だけど全く無視して自分が食べたいだけ取っている白人がいたとしたら、「他の人のことを考えなさい」というのを伝えるアサーションをする必要があることなんです。「他の人のことも考えなさい、っていうアサーションを私たちがしないと、彼らは(白人達)はわからないのだ」って言ってたんですよ(笑)。
―――むしろ遠慮しろ、ということを相手に伝えるわけですね。
平木:そうそう(笑)。「遠慮しろ、なんていうアサーションをしてる」と聞いて私は『ホー』と感激したんです。これは日本にいたら多分それが日常だから、だいぶ違うトレーニングになるだろうな、ということを感じながら帰ってきたんです。
―――「相手を立てる」文化をもった日本に合うような形で、PCAで試行を重ねて、第1回目開催を迎えられたというわけですね。
平木:そうです。
―――ちょっと余談になるんですが、「やめなさい」っていう英語はもちろんあると思うんですけど、「遠慮しろ」っていう英語ってどういう風に表現するんですか。
平木:「他の人のことを考えろ」しかないですね。
―――ないんですね。つまり「遠慮」なんていうのがそもそも文化的な考え方かもしれないですね。
平木:そうですね。